「童貞なら童貞だって素直に言ってくれたらよかったのに。そんなやりかた卑怯よ」
由美は涙を拭くと、飲みかけのコーヒーをそのままにして店を出て行った。それから会うこともなく自然消滅。結果として失恋したかたちになった。
由美とは大手出会い系サイトで知り合った。ひとつ年下のOLで相性は良いが、何を隠そう俺は童貞。由美も何となく奥手に見え、セックスするどころか手も繋がず腕も組まず。深い関係になる気がしなかった。だが当面はそういう友達感覚の付き合いでいいと思った。童貞だからセックスに期待されても困る。
由美を怒らせる原因を作ったのはそれから二週間後。
出会い系で二人目の彼女を作ったのだ。別に浮気したかったわけではない。由美といつでもセックスできるように練習しておこうと思っただけだ。その女性は七歳年上の人妻。彼女を使ってセックステクニックを磨き、由美との将来のセックスに備えようと思った。
その人妻への関心はセックスだけで恋愛感情なんて微塵もないから、童貞コンプレックスもない。すべてオープンにし、恥も外聞もなく何もかもぶつけた。
「僕の童貞をもらってくれますか」
「あら、童貞なの? 嬉しいわ。大歓迎よ」
あえて人妻を選んだのは、人妻には童貞好きが多いと聞いていたからだ。
俺は彼女とのセックスのとき、由美とのセックスを妄想した。抱いているのは人妻の肉体だが、心は由美を向いていた。
―待ってろよ、由美。お前を狂わせるテクニックを身に付けてやるからな―
だが関係は予想外の展開を見せる。性器はめ合うも他生の縁というのか、セックスを重ねるうちに心の絆みたいなものが生まれたのだ。最初は三、四回勉強させてもらって別れるつもりでいたが、由美よりもデート回数が多くなる始末。セックスなしで長時間おしゃべりして終わる日もあり、セフレというよりもはや恋人に近いものがあった。
そして運悪く金沢市内で腕を組んで歩いているところを由美に見られてしまった。
「説明してほしいんだけど」
俺はセックスの練習のつもりで人妻をセフレにした件を正直に伝えた。すべて由美のことを考えてのことで、他意はない。
「でもすっごく仲良しに見えたよ。二人ともニコニコしてて」
それは否定できない。いつのまにか人妻を好きになっていた。
由美は涙ぐみながら言った。
「私も処女だったのに」
激しく後悔したが既に遅い。俺は離れていく由美の背中を見て頭をかいた。
ところでその人妻とも長くは続かなかった。
「なんか飽きてきたわ」
なんて言われた。俺は色んなものを失った。
俺にできることは、この経験を次に生かすことだ。今度出会い系で女性と知り合ったら、その女性にだけすべてオープンにし、恥も外聞もなく何もかもぶつけよう。